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70年目の終戦記念日に

8月15日 正午 釧路駅前で終戦から70年の想いを語りました。
以下はスピーチの内容
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昨日、川内原発が事実上、臨界に達し、送電を再開、本格稼働したことに対し、私は 九州電力株式会社 瓜生道明 代表取締役社長に対して抗議の書簡を提出しました。     
 福島原発事故の甚大な被害がまだ収束されておらず、原子力がもたらす被害の広さや深刻さについて多くの国民が不安に思う気持ちを訴えているにもかかわらず、川内原子力発電所の本格稼働を再開・本格稼働したことに対し、九州地域の環境とそこに住む住民を愛し、心配する国民として抗議する内容でした。
また、昨日は 安倍首相が戦後70年の談話を発表しましたが、TV番組では14名の日本中の若者が一同に介して若者の戦後70年談話を社会に向けて発信しました。
 個人の人生が戦争や核の脅威によって脅かされることを何としても止めなければなりません。
若い人たちを二度と戦場へ送ってはなりません。
 そのために、仲間づくりや集会、デモなどは継続しなくてはなりません。が、しかし、空に向かって叫んでいるだけでは本当の意味でこの国の平和持続や、核のような難儀な問題の根本的解決にはつながりません。
 政治に携わる人々を選挙で選ぶとき、私たちの思いを代弁してくれる誠実な人を議会へ送り出さなければなりません。それは小さな自治体でも国政レベルでも同じことです
 さる7月3日、釧路市議会では特定放射性廃棄物を受け入れない意見書が前回一致で採択されました。
 しかし、一方で安全保障法案や自衛隊の派兵に関する意見書は否決されています。
 近隣自治体でも似たようなことがあったとうかがっています。
 私の父は70年前の8月9日に長崎で疎開中に被曝しました。
 所謂、黒い雨に濡れて直接被曝をしましたが、法的には被爆体験者という線引きをされます。
 6月に原爆資料館へ行って確かめましたが、戦後70年も経過する中で、熱線や爆風、残留放射能の記録はあっても、いまだにほとんど雨による被ばく体験者の記録がまとめられていません。
 歴史は事実を風化させていき、伝えられるべきことが将来に継承されなくなることに危機感を覚えます。
 世界に核について語る大切な役割を持つのは日本です。
 被爆国日本として、核のことを抜きに未来の平和を語ることは もはや誤魔化しです。
 私たちは市民として国民として、一体誰に命や日々の生活や想いを託せるのか見極めるべきです。
 安倍首相の昨日の談話の中には、誰が何を世界にお約束するのか 
 誰が心から願っているのか 歴史をただしく捉えているのか 曖昧なところが沢山ありました。
 (問題とされる)言葉は出てきていましたが、心の底では何を求めて仰ったのか不明瞭な部分がありました。
 国家の首相として憲法と非核三原則を遵守し、不戦の約束をきっぱりと世界に示すべきと感じました。
 釧路市民の皆さん、私たちが選んだ議員が頼みもしないようなことを勝手にやり始めたとき、これに反対する気持ちを いやだよ、とはっきり表現しなければなりません。
 釧路のような小さな自治体からも一緒に声を挙げましょう。
 御静聴ありがとうございました。
| - | comments(0) | trackbacks(0) | マシオン恵美香 |

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