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悪法は廃止に!


 仲間と共に、特定秘密保護法可決に対する抗議行動
悔しい気持ちでスピーチをしてきました。
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<マシオン スピーチ>
 釧路市民のみなさん こんにちは
 ベクレルフリー北海道 代表  
 被災者支援ネットワーク 事務局長の マシオンです。

 私はいてもたってもいられない想いで、昨夜は、とても寒い中、脱原発市民運動の仲間たちと共に、釧路駅前で、この特定秘密法案を通すべきではないとの訴えをしていました。しかし、そのたった数時間後、国民が寝静まった真夜中に、内容の見えない特定秘密保護法案がこっそりと採決されてしまいました。

 しかし、この法案が採択されたからといって、国民が何もせず口を閉ざし、見せしめの逮捕を恐れて自主規制をし始めたり、萎縮してしまっては思う壺です。
 私たちは次の世代の未来を諦めるわけにはいかないのです。
 私たち国民は 特定秘密保護法という闇を抱えても、光を目指して生きていかなければなりません。この法案の中味を検討する委員会は政府機関が選考した人々でしょうが、第三者機関の有識者会議もできるでしょう。アリバイ作りのように 福島県で行われた公聴会の席でも、この法案自体が違憲であるとの見解を示した方もいらっしゃいました。海外メディアからも日本の政府に対して、こうした批判がありました。
 特定秘密保護法の中味が、どのような内容になって運用されるのか、その時期はいつになるのか監視をすることも、国民の義務だと私は思います。

 私たち有権者が頼みもしない、むしろ嫌がることをされるというならば、黙っていることはできません。憲法に記された私たち国民の「健康で平和に、自由に生きる権利」を「知る権利」を守らなければなりません。
 その昔、治安維持法だって廃止になりました。この法律がうまくないと、ほとんどの国民が思うのならば、廃止にする必要があります。次の選挙では、「国民が頼んでもいないおかしな法案可決に加担したような候補」を再選しなければ好いのです。地元選出の議員には、何て馬鹿な判断をしたのだと抗議することも必要です。有権者の気持ちを反映させずに勝手なことをするような議員を二度と再び選ばず、私たちの意見に耳を傾ける正義感を国会に送り出しましょう。

 国会では早速、脱原発法案を反故にするようなエネルギー需給のための別な案を協議しはじめる動きが報じられています。北海道では現在は停止中の泊原発も、3ヶ年の電力料金の値上げ申請とセットで、経産省に稼働申請が提出されています。政府の描いた筋書きとおりに、原発再稼働の準備が整っています。
 そうでなくても、太平洋岸側の釧路市が東日本大震災で受けた経済的打撃が心配されるのに、これ以上、北海道ブランドが原発の稼働によって傷つけられることには賛成できません。使用済み核燃料は冷却プールに千本以上も存在し、敷地内に核のゴミを保管するスペースはほとんどありません。その上、本年10月23日には23トンもの核燃料がすでに運び込まれてしまったそうです。天災がなくても、もう充分、怖い状態です。

 私が取り組んでいる反核市民運動や、食品の流通を監視する消費者運動、被災者支援運動などの全て、原発とか放射能という言葉がキーワードになっています。国民の命や暮らしに直結したこのように深刻なこれらの問題をはらむ情報は絶対に隠されてはならないものです。
 心配されている福島原発事故の海洋汚染問題や始まったばかりの4号炉の燃料回収作業に関る情報も、何かあったときには、即時に国民に知らされなければなりません。
 命にかかわる情報を知る権利を守るためにも、法案通過後も、国民としての意見を、みんなで主張し続けましょう。
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特定秘密保護法案に抗議

 特定秘密保護法案に抗議

 12月3日 釧路市役所前で 共産党、社民党の議員の皆さんと一緒に
釧路市役所前で抗議のスピーチをしました。

 国会では自民党が中心になり、」数日のうちにも無理矢理にでもこの乱暴な法案を採決してしまおうという動きがあります。
 しかし、戦後以来のこの無茶な法案の通過に、国民が全国で反対の声をあげています。

<マシオン スピーチ>
 

釧路市民の皆様 こんにちは

ベクレルフリー北海道 代表、

被災者支援ネットワーク釧路 事務局長のマシオンです。

 

有権者の意志を示して特定秘密保護法案の通過を阻止しなければなりません。

「国民から知る権利を奪う特定秘密保護法によって、言論の自由と民主主義を根底から破壊されること」を、私は心から案じています。東日本大震災と東電福島原発事故から立ち直る途上の日本にとって、いまこそ国民が事実を知る権利と言論の自由を守らねばならないと思うからです。

 

北海道だけでなく日本全国には既に、原子力発電が生み出した猛毒の使用済み核燃料・死の灰が大量に存在します。政府は、核テロの心配を装って、電力会社はこれを隠れ蓑にして、私たちの命に直結する放射能や原発関連の情報などをも迅速には伝えなくなることが心配されます。

 

また、私たちの口に毎日、直接運ばれる「食料の汚染の実態」なども、流通の過程で政府が行っている食品の汚染検査データが正しく伝えられるのか、食品の安全指針や基準などについても、この法案の通過によって、国民が知り得る範囲を狭めてしまうのではないかと危惧しています。

 

福島県や近隣被災県では、空間線量だけを判断の基準として、被災からたった2年で帰還しても良いという判断がされています。しかし、実際には原発現地では事故は収束しておらず、冷却水漏れや海洋汚染の実態が隠されてきました。その事実を認めざるを得なくなってから国民に知らせているのです。秘密保護法案も通っていない時点でこのような実態隠しが行われているのですから、中味の分からない法案の通過によって、国民生活にどのような影響があるのか不安に思うことは至極当然のことです。

 

私は日頃携わっているベクレルフリー提唱運動や被災者受け入れ支援活動の視点から、特定保護法案通過によって、国民の命に関りある核問題に抗議する市民運動や、危険な食品の流通を監視する消費者運動、震災避難者の権利を守る支援活動などが、更に難しくなることを心配しています。

 

論議が尽されたとはとても思えないこの法案通過を認めるわけにはいきません。

私は釧路市に暮らす1人の有権者として、本日このことをお話しに参りました。

 国民として国政が間違った道を選ぼうとしていることに抗議しましょう!

普通の市民がいつもどおり普通の暮らしを続けるためには、いつもはしないようなとことをしなければなりません。反対の声を国会に届けましょう!!


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Kaori Izumi Memorial Celebration

 Kaori Izumi Memorial Celebration
  
 3月7日に帰らぬ人となった泉かおりさんをしのぶ会が4月21札幌クリスチャンセンターで行われ、200人近い友人知人が集った。
 泉さんは国連の仕事をしていたことや、外国人の夫を持つ身だったため、札幌という大都会の中に在ってさえもインターナショナルな存在だった。参列者の中にもかなり多く外国人がいて、遠くはアフリカ、ザンビアやイタリアからも友人知人が飛んできていた。

 
泉さんの美しいご子息カイ君、娘さんあかりさん、りんこさん、2人とお連れ合いのロルフさん、泉さんのお姉さん

 
泉さんの著書 このほかにも沢山ありましたが、中でもHIV感染と母子に関する明かりリボン運動の会設立に関わる著書、英語と日本語版を夫と共有するため、ほかの出版物をすべてあきらめました。(本は重い!)
 泉さんの国連勤務時代、普通のお母さん業をしているようすを映し出した写真などは、私たちが知っている反原発のアフロディーテ 泉かおりの勇ましさとは違った印象
 面白くて優しいお料理上手な女性、それが家庭人の泉さんだったのだそうな。

 
北電株主の会でご一緒の二人(小林事務局長、壮瞥の上野さん)と、りんこさん、私の4人で写真を撮りました。
 私は会の始まりから終わりまでずっと泣き通しで、疲れ切っていました。
 時間が無い1分という制約の中でスピーチをしましたが要領を得ず、やや急いで昨年5月6日の日本中が原発ゼロになった日のお祝いデモの話をしました。
 私たちは、肩を組み、ピエロのコスチュームを着込んですっかり変装した泉さんが嬉しそうに私を呼んだときの話をしました。

 また、私は運動の仲間と共に、手法を泉さんから預かりました。
 それらは私にとって形見であり、大切な遺言となりました。

 どうか、見守っていてね。
 ありがとう 泉さん。







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Condolence for Kaori Izumi

 Condolence
【Shut泊(シャットとまり)】北海道札幌市民の脱原発運動
http://genpatsu.japansafe.net/?day=20120904

http://yama3go.blog52.fc2.com/blog-entry-56.html
IWJ 岩上さんとの対談

本日付けの北海道新聞にも掲載されておりましたが、Shut泊代表 泉かおりさんが3月7日に亡くなられました。享年56歳。私と同じ胃部の悪性進行癌で加療中でした。
私は亡くなられた日に訃報を受け、すでにその事実を知っていました。
         
「泊原発3号炉か動作差し止め訴訟」第一回公判の日に
2011年11月 札幌高等裁判所 1階 ホールにて
  
 昨年3月30日 脱原発カフェ 札幌地価歩行空間にて
  署名活動、申し入れ書の書き方をレクチャーするコーナーで

 4月22日 フレンチレストラン イヨマンテにて
在りし日の 泉かおりさんと
別海の木嶋議員  マシオン 泉かおりさん 余市の安斎さん 網走の大竹さん

2012年6月28日 北電株主総会のあとロビーで 
脱原発を目指す北電株主の会のメンバーで記念撮影
「来年は提案書を提出するぞーーー!」と、いきまく泉さん


4月22日 「普通の生活」上映会
ベクレルフリー北海道決起集会 IN 釧路 トークセッションでの泉さんの姿

5月6日 日本の原発がゼロになったお祝い 
ピエロ姿の泉さんと、とりあえず大喜びで踊るマシオン

 6月 瓦礫問題の質問状に関する回答を受け取りに 北海道庁へ

2012年7月 大通り3丁目 スピーチをする泉さんと

本日 2013年3月15日 北海道新聞朝刊 札幌地方版


2012年 1月  脱原発を目指す全道の集会
札幌 エルプラザ 2階
 脱原発ネット釧路 会計 岸本さん  工藤代表をご紹介したときの記念撮影。

 いつもは怖い顔をしている泉さんがこの日はちょっと嬉しそうな顔でした。
 狭いお部屋に80名もの全道各地の仲間が集ったからかもしれません。

 ご冥福をお祈りします。 合掌。


<FBでのコメント>

大切な友人の訃報】を 
HさんがツイッターとFBに公開した事を受けて

地球が始って以来の人、そして今後も二度と現れない存在
その訃報を知りつつ、公表してはならぬと口止めされていました。

彼女は彼女自身だけのものでもなければ、亡くなった後に家族だけの記憶になったのでもありませんから、私はその哀しみを知る人々と想いの深さ、哀しさ、動揺を共有して労いあいたかった。

昨年2月22日、泊原発3号炉差し止め請求訴訟第二回公判の際、私は彼女と共に原告席に座り、口頭意見陳述をしました。
珍しく緊張していた彼女が用意していた原稿を早く読んだり反対にものすごく遅く読んだりして、(ときどきつっかえたりして)その緊張の大きさを周囲に伝えていました。
第一回公判では余市の安斎由希子さんと、小林善樹さんが話すのを原告席で隣り合って聴き、私たちは一緒に鼻水をすすっていました。

多くのことをご一緒しました。公文書を作り、交渉の席につきました。デモや集会、講演会を道内各地で(私の住む釧路でも)開催し、向かう相手より知識を持つために勉強をしました。ベクレルフリー北海道決起集会(4月22日)にはお祝いのためにかけつけトークセッションに参加もしてくれました。
彼女に依頼された文書の制作、翻訳、フライヤーの図案作り、人脈をつないだり、下調べをしました。そのたびに私は、彼女の秘書ができる自分を喜びました。一緒に戦えることを誇りに思いました。わずかに褒めてもらえることだけを報酬に依頼され言いつけられたことを総てこなそうとしました。北電株主にもなりました。瓦礫問題にまで取り組み、遠い他所の自治体へ出向いて団体交渉をしました。何度も何度も呼び出され、自費で駆けつけました。座り込みました。スピーチや原稿を依頼されました。ときには夫までをも貸し出し、英訳、ドイツ語訳を請け負いました。
一緒に歌いました。踊りました。叫びました。怒りました。そして自らの無力さを嘆き、一緒に悔し泣きしました。

そして、なんと、彼女は私と同じ病に倒れ、同じ手術をして私と同じおそろいの体の事情を持つにまで至りました。

信じたくありません。もう一度、なんとしても貴女にあいたかった・・・
私と同じ思いの人々の涙を視るまではきっと認めることはできないでしょう。
だから、この存在が消えたという大きな事実を隠しおおせるなどとは、私は思いませんでした。いま、こうして明確に、文字にしてくださって、アナウンスされたことを公に知り、私は嗚咽をとめることができないのです。どこか荷が降りたような、本格的に涙を流し悲しむことを許されたことのようでもあり、そして、そのことがかえって彼女の訃報を認めるかのようでもあり・・・やっぱりなんと表現するとしても、「うんと悲しい」のですけれど・・・





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悲喜交々

ゆきちゃん 絵画展で入選のお知らせ

   
 絵画展で入選のお知らせ 絵葉書と記念の珈琲カップ

 新年早々、続けて訃報を受け取り、泪に暮れて過ごしていましたら、ゆきちゃんとお母さんが拙宅を訪ねてくれました。若い世代が頑張る姿に、私も励まされました。
  
 

 
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アメリカのホッケ*紙のハイヒール

    アメリカ産ホッケのある食卓

 16穀米 丹波の黒豆
 美瑛の長いもと余市の安斎さんの梅漬けの和え物
 新得の宇井さんの人参と阿寒の白菜のお浸し柚子胡椒風味
 長ネギと油揚げの味噌汁

 地味な夕食ですが、大きいアメリカ産シマホッケがお高かったので見た目より
心情的には「お魚さん、お久しぶり!」という感激に沸いた夕食風景。
 夫は「アメリカでホッケなんか見たこともない」と言っていました。

       
 おとつい芸術館の子どものアトリエでみかけた作品の中で
気に入ったのが、この 「紙で作ったハイヒール」

 御家族連れの方々がドレスなどを作って遊んでいました。

 冬の一日をそんなふうにのんびり過ごすのも素敵。
 夢中になって工作している子どもも大人もすごくいい顔をしていました。
 
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次の世代たち

      植物画コンクール入賞者達

 昨日のボタニカルアートJrクラスに、新聞報道2社の記者さんがいらして取材してくださいました。
 恥ずかしそうに笑顔で作品を示す可愛い私の教え子たちです。
 この子たちは全員、長く子ども絵画教室に通って来ている私の人生の親戚なのです。
    
 受賞した かなこちゃんのお宅に、台湾からの留学生 朱さん(中央)がお正月の滞在でいらしたそうで、アトリエに来てくださいました。

 お正月にどこかへいらした方々からお土産をいただいたり、以前に通って来ていた生徒が尋ねてくれたり、大人の生徒さんのお子様が飛び入りしたりで、狭いアトリエに記者も入れて15名もの人が溢れていました。ちょっとしたパーティー状態。
 差し入れの美味しい甘いものをいただいたり、賑やかで楽しい新年最初のアトリエでした。
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御神籤と御守り

          御 守 り

私の今年のお守りは健康と長寿を願う 亀
夫のは開運祈願の 福銭 ・・・
両者に相応しいのがきたな、というかんじ。
私は病気の体が心配。
夫は楽観的過ぎる性格ですが、諸々、将来のことについて・・・
   
       昨日ひいた御神籤は吉と末吉
 
 「祈る」「願う」ということは、一方で自らの努力を喚起するものなのだと心得たりーーーという年明けです。昨年の選挙の結果を見ても、今年はどんなに「大吉だ」と誰かに言われたところで、せいぜい「そこそこ」しか見込めない、と判っているんですが、やっぱり御神籤に書かれている内容に、少々、がっかり。

 今日まで(三が日間)はお金を使ったり掃除や物を捨てたりも御法度。
 家訓なんですが、さて・・・一体、何をして過ごそうか。
 娘が居ない初めてのお正月を夫婦二人で過ごしたら・・・「つまんない」の一語。
子どもの声が聴こえない社会は全く希望がありません。

 始まりはいつも「二人」
 せめて老夫婦二人は仲良くしなくちゃいけません。
 サーヴィス画像の連子鯛。
 半身に箸を付け、夜は鯛飯を作って祝うのが我が家の慣わし。

 それにしても、社会というのは三人以上で作られるものなのだと実感しました。二人では何事も煮詰まってしまい、対峙すると一方が極端に我慢を強いられている感覚にとらわれるからです。子は「かすがい」とはよく言ったもので。

 
 

  

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今年の抱負?!

     2013年

 年が明けました。めでたさの兆しを一切感じませんが、一応、年頭なので

 あけまして、おめでとうございます

 毎年、年賀状は元日に書くと決めている。
昨年の自分は何を考えていたのだろうかと、自分のブログなどを点検してみた。
・・・なんと! 一年前の自分に教えられてしまった。

 すっかり嫌気がさし、投げやりになり、脱力と倦怠感の年末を腐って過ごしていた私でしたが、目から鱗! 自分の過去の発言に鼓舞されるとは!
 もう・・本当に・・・心の底から反省。


昨年1月24日釧路新聞朝刊「巷論」より

「やり遂げる」
行動を喚起するための哲学

 わずかに自分の希望が叶わなかったり、つまずいて気力が削がれると、すぐに何でも他人のせいにして、大人として自分自身で決めたことさえ投げ出し、責任を回避し、持続できない人が増えている。何かを成し遂げようとすれば、真剣なほど他人と意見を交換したり、ときに説得したり、更には闘ったりしなければならないこともあるのに。継続できないことの要因のひとつの言い訳として、「気が済む」という、どうしようもない「飽きを上品に表現する言葉」を用いる場面がある。そんなとき、私は、心情的に許せるかどうか、理解できるかどうかはともかく、「現実を見て実際の行動を喚起してほしいものだ」と願ってしまう。腕組みをして高みの見物という態度も腹立たしいが、振りかかる火の粉を払いながら命がけで行動する人の行く手を阻み、あれこれと難癖をつけ、一方で自分の果たすべき責任を転嫁するような卑怯な人間との係わりなどは、どうせ長続きしない。なぜならば、そうした人材は自らの堪え性の無さを棚に上げて厭世を気取り、勝手にコミュニティーから外れていくからだ。これは、一種、組織内で起こる自然淘汰といえなくもない。昨今、日本の首相でさえも頻繁に顔が変わる。成し遂げないままに、その座を手渡し、責任とブランドを引き換えにしている。しかしながら、責任と言うのものは、「自分で決めたことさえ続けられないような精神的体力のない人格」には求められない。いつだってそれは、その認識の自覚が大きい人のところに結集するはずのものだからだ。そして、あたかも「辞めることで責任を取る」かのように見せかけてはいるが、実際には、その重責から逃れるために職を辞するのがそうした人々特有のやり方であり、慣わしなのである。もう、呆れるほど固定化していて珍しくも無い。加えて申し訳ないが、そういうのは変なプライドばかりが高い役職就きの男性に多い。こんなところでジェンダー論を展開するつもりはないが、女性の場合、あくまで現実的で、「出来なきゃそれまで」と、世間からバッサリである。

私は「やり遂げる」 この言葉を噛み締める。

画家・美術講師 マシオン恵美香
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 びっくりするほど潔い言葉に、一年年老いた私は、ただただもう、はっとしている。
 かなりな酷いイケズをされ、公衆の面前で辱められたとしても、そいつの価値が下がるだけだと思え、ということなのか?!
 いじけたり、へこたれたりしている位なら一年前の自分を見習ったほうがいい。
 相手はもっと大きい。小物相手に浮いたり沈んだりしてんじぇねぇ! ・・・と、昨年の私は現在のへなちょこな私を笑っているように思える。

 どうせ口先ばかりで何もできないような奴らを構っている暇があるなら、批判されたとしても、どんどん先へと進んだほうが良い。
 覚悟が必要だ。


 
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カウントダウン

       カウントダウン!

リタイヤしたアメリカ人向け冊子には変な広告が満載
あるいは募金を呼びかける謎の支援団体の呼びかけなども・・・
2013年に入ると日本でもあからさまに、こうしたことが始るのでしょう。どんな酷い目に遭ったとしても、「自己責任」という名の下に。
人生の時間の中で優先することに早めに気付き、大人の判断と努力ができるかどうか・・・ 
 いよいよ年末へカウントダウン
 数日で2013年になるだなんて・・・?! 
 今年は昨年よりも早く過ぎたような気がする。
 私、今年、何をやっていたっけ・・・?

 私は一切食べないけれど、昨年、母と弟が喜んでいたので、クリスマスとお歳暮を兼ねて今年も老舗かまぼこ店のテリーヌや伊達巻などオリジナルの詰め合わせを送ってあげた。

 昨日は夫と普段は観ないような傾向のDVD映画(馬鹿みたいSF映画)を借りてきて、カウチに並んで文句ブーブーいいながら視た。アルコールが進みすぎて今朝も二日酔い。(「なんでそんな荒唐無稽なのを借りるのーー?!」と訊ねたら、「今の日本より悪い状態のを観て、これよりましだと思い込ませるため」と夫は答えた。正しいのか?)
 「もう、どうやって誤魔化したって、佳い事なんか起こる兆しを感じないよねー」と実家の母も毒づいていた。(アンタの世代が無関心だったからじゃん、と批判したかったけれど、すでに老いさらばえて無力な人に言っても意味が無いのでやめた)

 ここ3日ほど、友人知人が突然たずねてきたり、長電話になったりしている。
 人様の事情を詳しく聴きながら、つくづくに想うのは、辛い思いをしたからって、他人に優しくできる人ばかりとは限らないということ。想像力の無い人間や、そもそもどこを押しても自分中心で最初から仕舞いまで優しくないという人も居る。自分の怠惰や底意地の悪さを他人のせいにして溜飲を下げる人もいる。他人からどんな施しを受けても感謝せず、いつも他者を恨んだり羨望したりしていないと生きていられない人も居る。
 そんな打ち明け話の合間に病気の友の様子を想い、人の人生は命あるうちなのだという非情に現実的な刹那を全身で感じた。

 私たちは肉体という乗り物に乗り、命のエネルギーを時間と共に燃やし進む。
 私たちは個々の存在が、それぞれ地球にとって初めての存在であり、もう二度と再び生み出すことのない最後の貴重な存在であるという尊さ。
 誰かが私たちの存在を文筆や画像によって記録し他者に伝達しなかったとしても、地球の歴史の大きな流れの中に確かに記録されている。

 もう一人、再発した友人が年明け早々、同じ病院に入院する。
 心配して電話をくれた仲間が私に言った。
 「命の順番が狂ってしまった。せめて来年も最低でもお互い、生きていようね」
 この刹那を共に生きているという共感・・・
 
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